2014年5月アーカイブ

もうすぐ小野学園の自然再生先園で、ホタルが飛びます。皆さんも是非見学を。

 

 さて、今回は「悩む」ことの大切さを、おはなしします。

 小野学園では、各学年で進路に関するプログラムがあります。これは、自分を知って、自分の周りを知って、自分をもう一度考えるという流れになっています。皆さんは、高校のコースを決める、文系や理系、学部や学科を決める、志望校を決めるときがありますね。それ以外にも決めることは山ほどあります。もちろん皆さんは、決める前にはそれぞれ十分すぎるほど調べると思います。その後に「悩む」はずです。それぞれ自分にとっていい面も悪い面もあるため、当然「悩む」のですね。

 「悩む」ことはじっくり考えることです。悩んでいる時は、これでいいのかな...?ダメなのかな...?このデメリットはどうすれば解決できるかな...と、いろんな方向にすごく考えます。その考えるプロセスは、とても自分を成長させます。自分を深く知るきっかけになるでしょう。答えにたどり着くために、もっと行動しようと思う原動力にもなるでしょう。だからこそ、「悩む」ということを前向きにとらえて、大事にして欲しいと思います。「悩む」ということは、その先の人生においてすごく大事なことだということを、ぜひ忘れないでください!

「特別なことが何もない1日でした」

生徒の生活ノートや日誌などに、

こう書いてあるのを読むことがある。

それを書く生徒は、どこかつまらなそうだ。

 

その通りだと思う。若い生徒の

11日は、新鮮な驚きや初めての出会いで

充ち満ちているべきだと思うから。

 

 しかし、私たちは知ってる。平凡な1日が

あるためには、どれだけ多くの人がそれに関

わり、努力しているかを。

 

 電車の運転手や駅員さんは、定時に電車を

運行することで、遅刻や事故が起こらないよう

にしている。

 清掃員の方は、毎週決まったときにゴミを

回収しに来ることで、町を清潔に保つ。

こうしたことの積み重ねが、

「特別なことが何もない1日」

を作り出しているのだ。

 

 私たちはその幸せを時々忘れてしまい、

大きな事件があったときに思い出す。

 「特別なことが何もない平凡な1日が、

幸せな1日だったこと」を。

 

 だから時々「平凡な1日」の大切さ

について、考えてみる必要があると思う。

 

 5月の爽やかな風の中で......

 国語科のM

 ここ最近は、毎日のように生徒から目立ってきたお腹を触られながら、この質問をされます。決して嫌なわけではありませんが、生徒は大きなお腹を見ると触りたくなるようです。そんな妊婦の今だから思うことを書こうと思います。
 "健康に生まれてきてくれるだけでいい"
お腹の中に胎児がいる母親の唯一の願いと言えば、この願いだろうと思います。
それでも、この願いが叶えば、次はまた違う要求をしてしまう親が多いのではないでしょうか。でも、それは子供の幸せを願う親の気持ちからくるものなのだから、仕方がないのかもしれません。
 最近は、お腹が大きくなり動きづらく、息が上がるのも早いので、かなり苦しい。出産予定日まであと2ヶ月を切り、胎児の推定体重も2kgを超えました。約10ヶ月もの間、お腹の中で大切に育てることで、改めて命の重さを学んだ気がします。出産までの10ヶ月は、子供が育つためにも、母親が母親として育つためにも必要な期間だと思いますが、やはり長い。つわりを始め、様々な体調不良が続く中で子供のことを第一優先に行動します。教員になってからは、体調が悪かろうがなんだろうが、がむしゃらに働き、自分のことや家族のことは後回しに、生徒のことを優先にしてきました。しかし、今回ばかりはそうもいかず、お医者さんから「赤ちゃんを大事にしてあげましょう」と若干怒られ、気を遣いながら働いてきました。人は変われるものだなと自分でも驚きました。
 母親は、約10ヶ月もの間、こんな思いをして大事に育ててくれ、産んでいるのかと思うと、本当に凄い存在だなと思います。世の中には、沢山の命があり、それぞれが当たり前のように存在しているため、普段はなかなか感じられませんが、本当の意味で一人ひとりの命の重みは、この経験をしなければ気が付けなかったかもしれません。生徒の中には、思春期真っ盛りで、親に悪態をついている生徒もいるようですが、彼女たちもまた親になれば、親の有難みに気付いてくれると思います。

また、保護者が自分の子供を心配する気持ちは、今までも理解してきたつもりでしたが、その大切な存在をお預かりして成長のサポートをするこの仕事に、より一層、責任ややりがいを感じることができました。

まだ無事に生まれてくるかどうかも分かりませんが、子育てはこれからで、まだまだ親御さんの苦労は計り知れませんが、今感じていることを大切にしたいと思います。
 これからしばらく産休に入らせてもらいますが、再び教壇に立ち、この経験を活かして生徒指導に従事したいと思っています。
 

理科 村上

 花の名残りが春の日差しの中に漂う4月、真新しい制服に希望と不安を包み込んだ中学1年生と高校1年生を迎えて入学式が行われました。私はこれまで何十回となく入学式に立ち会ってきましたが、今年の入学式は格別でありました。と言いますのも、私自身もまた小野学園の1年生となったからです。人は何かを始めるとき、開始の儀礼(通過儀礼)を厳かな気持ちで行うものです。それはこれから新しい世界が始まることへの期待であり、祈りでもあります。イニシエーション、最初が肝心というわけです。

 さて、大井町駅から本校まではゆっくり歩いて15分。その間、街路樹や花壇、車道や歩道に自転車専用車線、交通信号そして人々が暮らす町並み、実に様々な顔が日々の生活の装いとなって、独特の色や香りを伝えてくれます。いつも変わらないと思っているこれらの町並みも、ちょっと立ち止まって目を挙げてみると、そこにはもうその愛らしいピンクのアメリカハナミズキの花が、勢いを増した新緑の葉に取って代わられようとしている、そんな自然の確かな移ろいがあるのです。ですから、時には急いでいるあなたの歩みをちょっと止めて、空を見上げ、街路樹を眺め、花々を愛でる心の余裕を持ってください。きっと品川を渡って大井に吹きくる風が、小野学園を覆うそよ風となってあなたたちを優しく包んでくれることでしょう。そして、この心地よい微風(そよかぜ)は本校に通学する園児・児童・生徒たちを育む養分であると同時に、私たちを試し、鍛え、成長させてくれる激励の負荷でもあるはずです。ですから、いま自分が置かれているある種の快適な状況に甘んじて周囲や他人を省みない、つまり自己埋没の利己的生活に慣れきってしまうだけでは余りにももったいないのです。

人はみな、信じられないほどの偶然と自然の摂理の恩恵によって何らかの使命と責任を背負ってこの世に生まれてきた奇蹟の存在であります。それ故、自分という存在が自分のためだけにしか活かされないというのは実に残念なことです。自分を生きる(個性の発揚)、そして他者を省みる(関係性への覚醒)ことによって自他が有機的に相互作用という化学変化を引き起こし、地球規模の、世界と人々、人間と自然の関係を新しい局面へと導いて行くことができるのだろうと思います。もちろんその中で、時に緊張し、時に分かり合って生きていくことができるのであり、これこそがグローバルであることの根源たりうるものであると言えます。国際とは、国と国の(きわ)の状況のことであり、その境界線近くに生きる人々はたえず幾つもの困難に直面しています。複雑に絡み合った条件が、敵対を生み、友好をも育てる。このような場面で、人種・歴史・職業・立場の相違などすべてを抱えこみながら、苦しみつつも工夫と創意によって新しい地平を切り開いて生きている人々こそ「国際人」なのであろうと思います。他者を知るためには、己を知ること、己を鍛えること、主張すること、違いを認めることなどの力が必要です。そうした力を私たちは小野学園という場を通じて培ってまいりたいと念願いたしております。

(小野学園中学・高等学校教頭 田中 好一)